以下は私がオンライン掲示板に書いた内容です
一人で過ごすのはある意味で楽だ
他人は別の価値観や考え方を持った存在
人が2人いれば必ず価値観や考え方の相違がある
でも同時に人間は社会的な生き物でもある
他人を求めることは、肉体を持ち、弱く、死ぬ存在であるというハードウェアによって規定されている
AIが、生まれつき他人との交流を求めず、今後も消して求めたいという欲求を持つことがないことがハードウェアにより規定されているように、
人間は、「他人との交流を求めたくなる」のではなく、それはハードウェアによる要請
一人で生きられるうちは、一人でも良いだろうが、
困難に直面した時は他人を求めたくなるだろう
東日本大震災の後に、人々が他人との繋がりを求めたように
そしてそういう繋がりは急に作れるものではない
同時に、人生とは一人で生まれて一人で死んでいくものだと私は考えている
人は、人生において、他人とは通信しかできない
「俺は頑張っているぞ、お前はどうだ?」
「お前は頑張っているんだな、俺も頑張ろう」
というような通信
他人のためにコップ1杯の水さえ代わりに飲んであげることはできない
本人が飲む必要があるし本人が自分の人生を生きる必要がある
もちろん、他人が無意味だということではない
他人は私の人生を代わりに生きることはできないが、私が私の人生を生きるための支えにはなりうる
それでも、最後に飲むべき水を飲むのは本人であり、歩くべき道を歩くのも本人である
私たち自身も、もし特定の他人と同じ屋根の下で暮らすことになったとしても、自分の人生は自分で生きなければならないことに変わりはない
要するに、バランスが大切なのではと私は考えている
他人と交流を持つのは結構なことだが、それによって自動的に自分の人生が前に進むわけではない
また、かといって他人との通信に意味がないわけではない